特集

アートを超えたギャラリーの可能性
独自のスパイスを盛り込むギャラリー「三菱地所アルティアム」

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■ノンジャンルのギャラリー

一言では「現代アートのギャラリー」――。だがフタを開けると、伸び盛りの作家を始め、目新しい作品が並ぶノンジャンルギャラリーだ。天神の中心に位置するイムズ館内にあり、買い物の合間にふらっと気軽に立ち寄れる場所にある。ディレクターの磨かれた視点で選ぶ、ブレイク必須の注目作家の作品が並ぶほか、新鮮な切り口で人や作品との出会いを演出してくれる。


同ギャラリーは、ファッションデザイナーの母の影響で幼少のころから、美術館に通い、アートに触れてきたという門脇さや子さん(写真中)、大学時代からアートに携わり、展覧会などの企画を手がけていたという池澤廣和さん(同左)の2人がディレクターを務めている。企画から開催まで、約半年~1年半のスパンで次から次へと旬な作家や作品を取り上げ、年間で約10本の企画展を開催している。


「美術館にも他の商業ギャラリーにもない、大きすぎず、小さすぎないサイズ。美術館で個展を開くには、まだ無名だが、小さなギャラリーで開くには立派な作品を多く作っていたり。そんな若手作家にちょうど良いサイズ」と門脇さん。年間を通して、同ギャラリーの展覧会の中で、1から作り上げるオリジナル企画は約7割を占める。


この適度なサイズを利用して、2人が惹かれた作品や作家の個展を企画。「もちろん、個人的に好きな作家も」と2人。「雑誌やネットなどで見つけて、面白いなと思ったらいきなり電話をかけて提案することも」(池澤さん)。同ギャラリーが初めての個展となる作家も多いという。

■「らしさ」を加えてアートを料理する

門脇さんが入社して最初に手がけた企画は「ハイパープラネタリウム MEGASTAR-II ★大平貴之」(2004年1月23日~2月15日)。プラネタリウムクリエーターの太平さんにスポットを当て、子どものころに描いた設計図や大学時代に初めて完成したレンズ式プラネタリウムなどの作品のほか、幼少のころからの夢を見事実現した大平さんの半生を紹介する構成で展開。寝転がって見るスペースも設け、見せ方にもこだわった。


「夢を叶える奇跡に共感。入社直後には全くの無名との理由で却下された企画だったが、チャンスが来たときにすぐに形になるようにと企画を練っていた」(門脇さん)というほど入れ込んだ企画という。


池澤さんの最も思い入れのある企画は、福岡出身のフラワーアーティスト・東信展「逆転の庭1」(2006年3月23日~4月23日)。「雑誌でたまたま見かけ、モーションをかけたときはテレビ番組などに出る直前で、注目され始めたときにちょうど展覧会開催を迎えられるという、絶好のタイミングで作品紹介ができた」と振り返る。


こうした、それぞれの視点でオリジナルの企画を生み出していく。「イムズ館内にあるということも意識。夏休みには家族での来場を狙い、絵本展を企画するなど、商業ビルのニーズにも応えられるものを心がける」(門脇さん)とも。


プラネタリウムのように寝転がって見られるように作品を飾ってみたり、展示方法もアルティアムらしさが光る。また、18時以降の来場者にはワインサービスも実施。「純粋に誰もが楽しめる空間が好き。普通に作品を見るよりも、友達とワインを飲みながらゆっくり見たいし、寝転がって作品の中に身を置くと、何も考えなくても肌で伝わると思う」。また「安全面などを踏まえ、他のギャラリーと違ったオリジナル性を出そうとするあまり、作品の見せ方にこだわる作家とぶつかることもある」(同)とも。


巡回展でさえも2人のディレクターの手にかかると、あっという間に新たなスパイスが降りかけられたオリジナル企画に変化する。今月末より始まった「2人のファーブル~ヤン・ファーブルとジャン・アンリ・ファーブル『昆虫記』の世界~」は、実は巡回展。同展は、「昆虫記」著者のジャン・アンリ・ファーブルに主にスポットを当てた展覧会として全国3カ所で開催。同ギャラリーは、他の3カ所ではあまり重要視されていない、もう1人のファーブル、現代美術作家のヤン・ファーブルも対等に取り上げた。ディレクターの2人によると、ヤンの作品が多数並ぶ機会はとても貴重だという。


「何か、スパイスを加える。それが、私たちが考えるアルティアムらしさ。『料理する』感じかな」(門脇さん)。同じ素材でも、個性を作リ上げる。そのこだわりが通じたのか、同じ展覧会を行った他のギャラリーと比べて、動員が多かった企画もあるという。


もちろん若手育成も大きなテーマだ。10年前に個展を開いた無名の作家が今は世界的に有名になったりすることもあるという。その一環で、2005年より新たな才能発掘をテーマにしたジャンルフリーの公募展「For Rent!For Talent!(フォーレント!フォータレント!)」を開催。知名度も上がり、今年は国内外より過去最多の135件の応募があった。今年入選した作家の中には、同ギャラリーでアルバイト経験のある作家や客として来場したことがある作家もいるという。「(同展は)無名の状態で作品と出会う。でも追っていくとその作家は今後活躍していくかもしれない。追っていきたいと思えるくらいの『作家と客』の出会いの場になってくれれば」と受付・広報担当の北村智美さん(写真右)。


また、今回は「アートのファンだけでなく、アートを良く知らない人も集まる場所になってほしい。作品を見ただけで分からないと思うだけではなく、こんなところに違和感を持ってこの作品を作ったんだという作家の視点だけでも分かれば見方が変わってくるのでは」と、北村さん自らが作家1人1人にインタビュー。作品だけで読み取るのは難しい解説を付けたギャラリーガイドを初めて制作した。


■多方面の出会いを生む場所

客と接し、生の声を聞く一番近い立場にいる受付担当の北村さん。「美術にかかわるようになったのはアルティアムに入ってから。面白そうな場所だと感じて入社を決めた」という元OLの北村さんは、受付と展覧会の個性を読み、どんな層の集客が狙えるかなどの分析も行い、一般客の目線でディレクターの2人をサポート。広報活動も行っている。

「ある作品が新聞に載って、『めったに天神には来ないが、この作品に惹かれて』とおばあちゃんが佐賀から来られた」(北村さん)など、オリジナル性に飛んだ企画にひかれた他県からの来場者も多いという。「鑑賞後、我慢できずに受付にいる私に感想を話してくれる人も」(同)。  会場には、来場者が自由に書き込める感想帳を設置。カメラマンの梅佳代さん写真展では、「『車椅子生活で辛く、笑うことがなかったけど、久しぶりに笑えました』と書かれていた」。1ページ、イラスト付きで書く人、自分自身の近況を書く人、コメントに他の客がコメントをつけ、感想帳が一つのコミュニティーになっていたこともあったという。「感想帳を見るだけでも楽しい」(同)という。


タミヤのプラモデルの歴史を紹介する企画展では、普段忙しく、ギャラリーに足を運ぶことが少ないビジネスマンが閉館間際、汗だくでエスカレーターを駆け上がってきたこともあった。それが本当に嬉しかったいう門脇さんは「本当に見たいという人、ここで個展を開きたいという作家に対してオープンなギャラリーでいたい」という。


「作品と人」だけではない、客と客、多方面の出会いを生み出す場となっている。「展覧会は、会期、場所が限られている。約1カ月間の展覧会は、見に来る人の長い人生の中では、あっという間。そのわずかな瞬間にどれだけ、何を持って帰れるか。例えば、作品を見て感じたことや、やる気が出たりすること…。感想帳に『自殺を止めました』と書かれた一文を見つけたことも。そういうものを持って帰ってくれれば展覧会はその人の中で生きて、続いていくと思う」(門脇さん)。


■アートを超える、ギャラリーの可能性

今年9月、新たなギャラリーの使い方を提案した。その日、開催していた「日本ジュエリーアート展」を舞台に、同ギャラリーは1組のカップルの大事な忘れられない場所へと変わった。


ある日、編集部に「ギャラリーでプロポーズ大作戦を決行します」との1枚のファックスが届いた――。


展示品とともに婚約指輪を並べ、彼女がその指輪に気づいた瞬間にプロポーズするという。同イベントは来年3月に20周年を迎えることを記念して行われたもので「作品を絡めて、ギャラリーを温かい場に」(門脇さん)と企画。夜景の見えるデートスポットでもないギャラリーが、一般男性が人生をかける瞬間ともいえる、大切な人へのプロポーズ会場になる――。作戦は約半年前から行われ、彼女にばれないようにと、男性とスタッフは念入りに準備。「プロポーズ大作戦」当日は、自分のことのようにソワソワするスタッフ総出で彼を応援。無事に作戦は成功した。


指輪に気づいた瞬間の彼女の驚きと嬉しさが混じった表情は、彼女の震える手に指輪をはめた彼はもちろん、会場に居合わせた来場客やスタッフの心にも十分響くものがあった――。


「何でもありですね。プロポーズ大作戦のように、主役は2人だけど、2人の幸せをこの空間で共有することで幸せは広がる。たった1人の決断でギャラリーを動かせることができるということを知らせたかった。また、アルティアムは皆さんを応援できるスペースということも」(門脇さん)。
「ファッションショー、お見合いパーティー、誕生パーティー…別れた彼女とよりを戻したいとかでもOK!頑張って応援しますよ。時には『甘い!』と厳しくも、どんな演出をするかは親身になって相談に乗ります」(同)。


――「いろんなことができる場」。「企画展も含めて、冒険できるサイズ。でも何をするにも『人』がキーワード。他のイベントスペースにはないアルティアムらしさがにじむ会場作りをしていきたい。ギャラリーは基本的に空っぽ。お茶碗もご飯をついで初めて機能するように、会場自体の価値を高めていきたい」(同)とも。


「オープニングパーティーや展覧会終了後は、関係者と作品を囲んで『お花見』をすることも。いろんな楽しみ方がある」(北村さん)。「壁を外すと広くなるのでスポーツ系のイベントも面白いかも」(池澤さん)。「ギャラリーの概念を壊したい。今はそれが冒険的なことでも5年後、10年後はそれがスタンダードになっているような」(門脇さん)。


ニコニコしながらギャラリーの未知の可能性について語る3人。「自身のプロポーズで使う予定は?」と聞くと、3人そろって「…」。チームワークもばっちりだ。この返事は、自分たちのことよりも人を楽しませたいという気持ちの表れと受け取って――。背筋を伸ばさずに「身近なアート」として気軽に遊びに行ける場所。彼女との待ち合わせの時間まで少し時間のある彼、大切な日の下見も兼ねてイムズ8階で「一味違うギャラリー」に触れてみては?


文・写真/編集部 秋吉真由美

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