特集

デザイン力はどこまで街を面白くする?
天神リノベーション事情

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東京で「2003年問題」というオフィス余剰問題が騒がれていた頃、福岡も同様の問題を抱えていた。当時の福岡の空室率は11.9%で、東京(6.9%)、大阪(10.6%)、名古屋(8.7%)と比較しても最も高く、むしろ他都市よりも深刻な状況であった。また、2000年5月には建築リサイクル法が制定されたり、リサイクルに相応のコストがかかることから、スクラップ&ビルドを簡単に選択出来ない時代に突入した。こうした状況の中、「建物の寿命を待たずに空洞化していく空間」を再生しようという気運が高まり、リノベーションの動きに注目が集まり始めた。

■天神の「フリンジエリア」にこだわるリノベーションの異才集団

ANABA projectは、2003年に誕生した。基盤となる組織は、建築家や弁護士、不動産、都市設計デザイナーで構成された「sa lab」。「sa Lab」の「sa」は「sastinable(永住思想)」から取っている。このプロジェクトは、都市のフリンジ(都市の周囲)にある物件を中心に取り扱うのが特徴。同プロジェクトの中心となって活動しているダイスプロジェクト(南区)の橋爪さんは「天神や大名だと企業が多く存在し、家賃が非常に高い。しかし、春吉、白金、薬院、警固など、ちょっと天神と離れた場所は、都市の時間とは違いゆっくりとした時間が流れてイメージがあり、また、家賃も安い。だから、私達が求めている物件に遭遇しやすい」という。

同プロジェクトのHPには「清川」という「フリンジエリア」の名が記されたコンテツがある。「清川」という、メジャーとは言えない地域にクローズアップしているのは何故なのだろうか。「これは、マイナスの思考をプラスに転換している。『フリンジエリア』とサイト上で書いてしまうと誰も注目しなくなり、マイナスのイメージを持たせてしまう。しかし、清川というエリアに注目して、その中にリノベーションされた物件が次々に誕生していたら面白いと考えるはず。そこで、プラスのイメージに転換している」という。リノベーションは、WEBサイトでの情報発信段階から始まっているようだ。また、リノベーション後の商業施設には若者の力が欠かせないと橋爪さんは話す。「ANABA的思考だと、魅力的な若者が入ると回りが明るくなる。するとそこには人が集まり都心から離れても集客力が見込める」と話す。こうした考えをもとにリノベーションされた空間として代表的なものとして「Lassic(らしく)」がある。この施設は、2002年12月に閉館した築31年の若鶴旅館が、複合商業施設として生まれ変わったもの。「空間を活かせる」テナントの選定から始まった同施設は2004年5月に誕生した。

また、同プロジェクトはでは新たな展開も計画している。2006年春、春吉の公園近くに「ANABAショップ」をオープンさせるという。3階建ての一軒家を活用し、1階をショップにして、2~3階をオフィスにするという。ショップは、コンサルテーションと街の情報発信拠点としての利用を予定している。内容は、自宅などをリノベーションしたい人の相談や新たに店舗を出店したい人の相談を受け付けるというもの。このほか、2006年春には「ANABANA」という本の出版も予定しており、現在、その準備を進めている。同書の中で、これまでプロジェクトが取り扱ってきた物件などを紹介していくという。

ANABA project
ダイス ラシク前 ラシク(後)

■都心部の古民家リノベーションに取り組む警固の専門家集団

リノベーションを手がける専門家集団で、リノベエステイト(警固2)という組織がある。設立は2004年。リノベエステイトは、もともと空間デザインやグラッフィクデザインなど様々な活動を行っていたアポロ計画(警固2)が中心となり「リノベーションをしやすくする窓口を提供しよう」と専門集団を作ったのがきっかけ。組織のメンバーは建築家やインテリアデザイナーのほか、照明デザイナーや不動産家など。

同集団は、天神中心部の物件のリノベーションを多く手掛けているのが特徴。リノベエステイトの松山さんは「都心部の古民家をリノベーションするから面白い。そこから、何かを発信するということに意味がある。」と話す。同集団が大切にしているのは「セミオーダー空間」。「依頼してくる人に合ったものを作りたい。仲良くなり性格や日常を知ることでデザインが仕上がっていく」と松山さんは話す。最近では、「洋品のやまぜん」跡に出来たリノベーション長屋「大名コンマ」を手掛けたり、百田ビル2階のリノベーションを手掛けた。百田ビルに関しては「今まで、同所を借りたい人は誰もいなかった。しかし、リノベーション後、前向きに同所を借りたいというテナントは14件にも及んだ」と三好不動産の笠さんは語る。

天神経済新聞「大名コンマ」関連記事 天神経済新聞「百田ビル」関連記事

11月1日には、福岡を新たな視点で斬るリサイクルフリーペーパー「再生誌」を創刊した。「リノベーションの『文化』を浸透させる活動のひとつとして創刊した」と話す。内容は、リノベエステイトが手掛けたリノベーション物件についての紹介のほか、ヴィンテージ家具、中古レコード、など「再生」をキーワードにした内容や、「こけしマッチ製作所」による書き下ろし4コマ漫画など。仕様はA6サイズで再生紙を利用しているのが特徴。発行部数は2万部で、福岡のカフェやレストラン約100カ所で配布している。今後は、3カ月に1回のペースで発行し、リノベーションの普及に貢献したいという。

リノベエステイト
松山さん コンマ(前) コンマ(後)

■建築家、有馬裕之が手掛けるリノベーション

9月23日、カフェとオフィスとギャラリーを併設した「a・n・p cafe」(今泉1)がオープンした。同カフェは、有馬裕之+Urban Fourth(御所ヶ谷)がデザインプロデュースを手掛け、築30~40年のビルをリノベーションしたもの。店内は、白を基調としているのが特徴だ。同店をデザインした有馬さんは「来客者が自分自身の個性を出して、いろいろな格好で来てもらえれば、白い空間の中で引き立つはず」と話す。店内中央には1つにつながったテーブルが置かれているが、テーブルがパーツごとにバラバラになる仕掛け。有馬さんは「ここを交流の場にして欲しい。そして、自分で面白いものを生み出す能力を持って欲しい。ここでは様々なことが可能である。テーブルがバラバラになることも、このカフェでコンサートを開くといったフリースペースに活用できるようにするため」と続ける。

このほか、2階には2坪を賃料1ヶ月=6万円で貸すサービスオフィスやギャラリーも開設している。「クリエイティブな活動をする人に、この場所をインタラクティブに活用して欲しい」(有馬さん)とも。サービスオフィスは、実際に運営するにはスタッフに負荷がかかる。しかし、同カフェは、効率の良さよりも、価値観が高まることを大切にして「敢えて」運営するという。有馬さんは、来店客がこのカフェをどう活用していくのかに注目している。「街の『コンバージョン』(機能変更)。つまり、ある用途に合わせて作られたものを違った形で、街の変化に合わせてちゃんと適応できるように作り変えていく。これが出来なければならない。ただ、このカフェはもっと進んでいて、『みんなが』街に楽しみをもたらすような仕組みとして作っている」と有馬さん。

有馬さんは何故、こうした空間を天神に生み出していくのだろうか。「近年はITが普及し、知価(知ることに価値を置くこと)の時代と言われるようになった。東京に行かなくても福岡で簡単に情報を手に入れられる時代になってきた。その中で、東京で何かすることはあまり重要性を感じなくなった。地方に住む人に、地方にいても意外に面白さがあるという発見をして欲しい。そして、天神におもしろさを感じて欲しい。だから、ここで作った」。

a・n・p cafe studio gallery
有馬さん 改装前のパーティにて a.n.p cafe <%image(image1-6 2F.jpg|145|118|スタジオ)%>

■リノベーションに欠かせないもの、それはデザイン力

近年、環境問題が深刻さを増す中、「これからは、金をかけてケチる時代が来た。使えそうなものなら、デザインして造る」とリノベエステイトの松山さんは話す。リノベーションは、消費するよりも資源を有限化しサスティナブル(持続可能)な都市を創り上げる発想の具体的な手法のひとつだ。また、都市におけるリノベーションは街のコンバージョン(機能変換)を行うことで、来街者に新たな発見や楽しみをもたらす。

「来街者の楽しみ」のためのリノベーションで欠かせないのは「デザイン力」。「専門家は過去のいいものを現代の空間に変貌させるノウハウを提供すべき」と有馬さんは言い切る。リノベーション活動を行う集団は、デザインをしてそれで終わりというのではなく、その後、「そこで活動する人や来店客が、その場所をどのように活用するのか」が大事だという。確かにデザインは手段に過ぎない。だが、価値観を高めたり、違ったイメージを与えて新たな興味を喚起するためにはデザイン力は欠かせない。既存資源を活かした再生手法であるリノベーションにこそ、デザイン力が求められる。

リノベーションやコンバージョンは今後、天神界隈をどのように面白くしていくのだろうか。

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