福岡市は2002年より、次世代を担う都市産業の一つとして「音楽関連産業」の振興を進めている。理由として数多くの有名ミュージシャンを輩出し続けている街であることやインターネットやデジタル技術の普及により、地方都市から全国に向けて発信することが現実的になってきたことを挙げている。主な施策に、「ミュージックシティ天神」への参画、福岡で活躍しているミュージシャンやバンドを中心とした映像の配信(※約350件)、ミュージシャンや音楽関連企業のデータベース登録(※1,000件)、コンサートやライブなどのイベントスケジュール(※約200件/月)などを集めた「福岡音楽ポータルサイト」の運営、音楽の制作や流通促進を目的とした「音楽産業振興基金」の設置のほか、公共的空間を発表の場として提供する「ストリートパフォーマンス支援事業」がある。(※2006年2月データ)
では「音楽産業都市」とは具体的に何を指すのか。同イベントの実行委員会メンバーで福岡市経済振興局産業政策部の石橋久嗣さんは「『福岡市 新・基本計画』の政策目標の中には『知識創造型都市の形成』『ビジターズ・インダストリーの振興』があり、音楽産業の振興はこの2つにまたがっている。もちろん産業である以上、経済効果を生むことが前提なので、最終的には音楽に関連するビジネスが福岡市に集積し、さらに東アジアにおける拠点となることを目指している。今は、事業者やミュージシャンが福岡を拠点としたいと思えるような環境を整えている段階だが、『ミュージックシティ天神』は福岡(天神)=音楽の街というイメージを強化するための中核事業という位置付けである」という。
2002年、福岡市が「音楽産業」を推進することを決めたころ、西鉄を核とした「にしてつグループ」で組織する「天神委員会」は、交通問題や街の安全などについて取り組む一方、「天神」に文化を定着させることで街を活性化し集客効果へとつなげられないかと考えていた。同委員会は福岡市の動きをきっかけに、地元FM局やメディアなどに声をかけ「天神の一体化」と「文化育成のムーブメント」を推進する「継続」を前提とした大規模な音楽イベントを立案、同実行委員会を発足し、「ミュージックシティ天神」(以下MCT)の開催が決まった。
準備期間は4カ月。 開催にこぎつけるには関係者の尽力のほかに、福岡の老舗レコード店や、「めんたいロック」と呼ばれた音楽シーンに深く関わっていたプロモーターの協力などもあった。また、多くのミュージシャンを輩出していることで一般の人と音楽に対する距離感が近いことや、カフェやバーなど日常から意識的に音楽と接触できる場所が多いこと、 街の理解を得る上で「博多どんたく」にみられる街中のイベントに各商業施設や市民が慣れ親しんでいるなどの土壌にも支えられた。
そして、2002年9月28~29日、西鉄福岡(天神)駅に隣接する警固公園や、複合商業施設「天神コア」の屋上、西鉄福岡(天神)駅コンコースなど「都心のオープンスペース」を中心に、イベントスペースやライブハウスなど26会場でライブイベントが一斉に行なわれた。この年の参加ミュージシャンは、MCTが解散ライブとなった福岡出身のナンバーガール、デビューを直前に控えていた森山直太郎さんや、一夜限りの再結成となった福岡出身のアンジー、アマチュアだった風味堂など170組、観客動員数は約3万3,000人にのぼった。
翌年2003の開催では、後にメーンステージとなる「福岡市役所前西側ふれあい広場」が会場に加わり、MCTの基本コンセプトとなっている「無料ライブ」も明確に打ち出されている。その後、開催を重ねるごとに参加ミュージシャン、観客動員数ともに増え、2005年には273組のミュージシャンが参加、観客動員数は8万6,000人、直接経済効果は9億7,700万円、間接効果を含むと13億4,900万円という数字を記録する一大イベントへと成長した。
MCTには、プロミュージシャンが無料ライブを行うメーンステージ(福岡市役所前西側ふれあい広場)、警固公園やソラリアプラザゼファ、岩田屋本店本館前広場などオープンスペースでの無料ライブが行われるストリートステージ、福岡で活動するミュージシャンが数カ所のライブハウスで行うオムニバスライブをフリーパス券(有料)でまわる「FLOOR CURCUIT」、実行委員会による企画ライブや、音楽プロダクションによる関連イベントなどがある。MCT立ち上げから実行委員会メンバーである定村慎太郎さん(天神FM営業企画本部本部長)は「5年目を終えて、ようやくMCTのアウトラインが見えてきたと思う。今後は各ステージの特色をさらにはっきりさせていきたい」と話す。
MCTの今後を考える上で実行委員会が参考にしているのが日本を含む各国の音楽イベント。毎年夏至に開催されるパリの「Fete de la Musuque (フェット・ド・ラ・ミュージック)」は市民参加型の音楽の祭りで、通常は制限されている道路や広場での演奏が解禁され、パリ中に音楽が溢れる。また沖縄の「ピースフルラブロック・フェスティバル」ではオーディションで選ばれたバンドから、オレンジレンジやモンゴル800などプロとして活躍しているミュージシャンまでが同じ舞台に上がり、沖縄で音楽活動する人の目標ステージとなっている。どちらのイベントも1980年代初めに開催されて現在まで続いている。そして、タイのインディーズ専門のラジオ局FAT RADIOが主催し20万人を動員する音楽イベント「FAT FESTIVAL(ファット フェスティバル)」では、一般人によるショートフィルムやハンドブックの制作などサブカルチャー要因を巻き込みながら、発表から制作までが一本の線でつながり、メーンステージが一つの頂点として存在している。これらの音楽イベントに見られる街と人と音楽のつながりをMCTは今後どのように取り入れていくのだろうか。
11月、MCTの会場でもある警固公園で、20代を中心とした男女約30人にMCTの存在について聞いてみた。「知っている」と答えた人は僅かという結果だった。しかし警固公園などのオープンスペースで無料のライブが一斉に行われていることを説明すると「行きたい」という意見が多数返ってきた。また、天神の文化イメージについては「ない」や「ファッション」という答えが多く、「音楽」と答えた人は1人もいなかった。しかし「天神に音楽のイメージはあるか」との質問にはほとんどの人が「ある」と答えた。理由にはストリートミュージシャンや警固公園に隣接する天神FM「FREE WAVE」の存在などがあげられた。「天神はいつも音楽が鳴っている気がする」と答えた女性もいた。
MCTは今後、福岡(天神)=音楽のイメージ作りにどのように寄与していくのだろうか。着実に動員数を増やす反面、「まだまだ知られてもいいはずだ」との意見もあがる。また、収益確保の方法や広報関連の強化、スペース利用のあり方、日常にける音楽とのつながりなど課題は多い。その中で変わらないコンセプトが「街中に音楽が溢れ出す」をテーマにした「都心のオープンスペースで無料で音楽が聴ける」。
「MCTは音楽のイベントではあるが、祭りや興行のカテゴリーではない。20年、30年と受け継がれることで初めて本当の価値が出てくる。「街中に音楽が溢れ出す」は音楽と人と街の関係において目指しているイメージで、『音楽的感動を、世代を越えて伝承していく』はマニフェストだと思っている。この『継承』という目的が業種や利害を超えて関係者をまとめていると思う」(定村さん)という。
井上陽水、チューリップにはじまり、シーナ&ザ・ロケッツやTHE MODS、チェッカーズ、松田聖子、椎名林檎、浜崎あゆみ、MISIA、クラムボン、うたいびとはね、最近ではYUI、中ノ森バンド、手嶌葵など、有名ミュージシャンを輩出し続ける一方で、東アジアに向けて福岡在住のミュージシャンを派遣するなど新たな道となる兆しも見え始めている。「ミュージックシティ天神」の成長とともにに、福岡が「音楽活動の拠点」としての側面を持つ日は来るのだろうか。今後も注目していきたい。