■地元に根付いたプロレス団体設立
お尻ににわか面――。今年2月、NPO法人「九州プロレス」の設立会見が行われた。「こんにちは!」。体格通り、ボリュームの大きな第一声。この場で初めて、プロレスラー・筑前りょう太さんは10年前から抱き続けていた「九州のためのプロレス」への思いを九州の報道陣にぶつけた。
「九州ば元気にするバイ!!」――「戦後の日本の復興に大いに貢献したプロレス。そのプロレスには元気にする力があるんです」。「K-1人気に押されつつあるプロレスを盛り上げたい」。プロレスに向いた真っ直ぐな言葉は止まらない。
同団体の理事長も務める筑前さんは、福岡県糟屋郡出身。高校時代に30センチも伸びたという身長を生かそうと、プロレスラーへの道を進む。九州産業大学在学中は、プロレス同好会に所属。大学卒業後はメキシコへ渡り、メキシコ最大手の団体「AAA(トリプル・ア)と契約するなど、3年間メキシコで活動する。2000年に帰国し、千葉県のプロレス団体「KAIENTAI-DOJO」に所属。2007年の福岡への帰郷と同時に、メキシコ時代からの夢「九州プロレス設立」の始動を本格化させる。
九州プロレス設立は、「メキシコ人の自分の国・地域を愛する思いに感銘を受けたことがきっかけ」という。昨年
10月に福岡県のNPO認証を受けた。「まちおこしが第一の目標。そのためNPOとして立ち上げた」という。所属するメンバーは全員九州出身で、設立当初は8人のメンバーでスタートを切った。
「九州プロレス」の魅力は筑前さんの熱い思いと、カラフルなコスチュームに身を包んだ、レスラーとしての顔も素顔もユニークな「ご当地レスラー」達だ。
■九州の名物が勢ぞろい!?
にわか面をかぶった「九州プロレス」のエース
◆筑前りょう太
福岡県糟屋郡出身
身長=186cm
体重=110kg
私生活では二児のパパでもある筑前さん。「上が5歳の女の子で下が2歳の男の子」と子どもの話になると、試合中の真剣な顔とは一転、笑顔があふれる。
自身が出ているDVDやポスターを見て「2歳になる下の子が『ん!ん!』と指を指して反応してくれる」と目尻が下がる。「2歳の男の子がプロレスラーになりたいと言ったら?」との問いには、「プロレスラーにしても、何にしても、希望を持っていてくれれば」と一言。得意技は、「とぶばい」「かつぐばい」「まわるばい」「がつんといくばい」と博多弁ネーミングが並ぶ。
九州プロレスで再出発
◆田中純二
福岡県前原市出身
身長=174cm
体重=87kg
プロレス好きの父の影響から、テレビでプロレスを見るようになる。病弱だったということもあり、強くなりたいとプロレスラーへの道を志す。高校卒業後、「新日本プロレス」に入団するが、過酷な練習に耐えられず、脱退。福岡で予備校に通いながらも、プロレスラーへの夢をあきらめきれず、トレーニングを積む日々。大学卒業後、埼玉の「格闘探偵団バトラーツ」へ入門し、レスラーデビューを果たした。
昨年2月、とある事情により引退し、兄が経営する居酒屋で働いていたところ、筑前さんに「もう一度プロレスを」と声をかけられる。「もう一度、自分が持ってる技術や経験が生かせるんだったら」と再度、レスラーの道へ飛び込むこととなる。「自分の代わりは他にいない」と田中さん。「とりあえず、試合を見て感じてほしい」と意気込みを見せる。得意技は「ダイビングヘッドバット」。
噴火する裏には温厚な人柄が
◆阿蘇山
熊本県阿蘇市出身
標高=(小さく見えるが)1,592m
体重=計測不能
「熊本県出身」「大きな体格」をキーワードで地域に根付いたキャラクターを考案したところ、モチーフが「阿蘇山」に決定。中学時代、プロレスにハマり「やってみたい」と思い始める。中学の卒業文集にはすでに将来の夢「プロレスラー」と書き記していたという。時は流れ、20代も終わりの頃に上京。 「新日本プロレス」をはじめ、さまざまな試合に参戦している。
「体は大きいが、リングでの動きを見てほしい。面白がってもらえれば」と阿蘇山。名前のごとく「阿蘇山」のように圧倒される大きな体格で対戦相手を威圧し、迫力ある試合展開をする阿蘇山だが、迷彩柄のマスクの下には、話し好きで温厚な人柄が見え隠れ。同団体メンバーによると、「チームのムードメーカー的役割」とか。得意技は「マグマプレス」、プロレス技「千トーン」より破壊力があるという「ダイビング・万トーン」。
阿蘇山の一番弟子
◆桜島
鹿児島県桜島町出身
標高=1,117m
体重=計測不能
阿蘇山の弟子。物心ついたときにはもう「プロレスっ子」だったという桜島。学生時代には相撲も経験。話しぶりから、マスクの下には真面目さが垣間見える。決めた道を信じて突き進んでいるようだ。九州プロレス設立時に阿蘇山に弟子入りを志願し、入門。今年5月10日に行われたプレ旗揚げ戦でデビューを果たす。
「デビューしたばっかりなので、経験を積み、頑張るのみ。元気なまちづくりに貢献したい」と無口ながらも、意思の強さを感じる。目標とする選手は「阿蘇山」。普段は「鹿児島を見守っています」とも。得意技は、相撲の経験を生かした「相撲ファイト」。
メキシコ仕込みのバリ辛パワー
◆めんたい☆キッド
福岡県福岡市出身
身長=168cm
体重=72,000g
明太子をイメージしたオレンジと赤のコスチュームに身を包み、マスクには明太子の「M」が光る。小柄ながらも試合中の素早い動きが特徴。幼少のころ見たテレビでプロレス好きに。「小柄なので、技術が長けているメキシコを選んだ」と約5年前メキシコに渡る。そこで筑前さんと出会い、その縁で九州プロレスへ。「メキシコ仕込みのスピーディーな動きを見て」という。
普段は「明太子の会社で働いています(笑)」。趣味は映画鑑賞。おすすめは最近見たという「マジックアワー」とか。明太子をテーマにした技を今、必死に考案中という。好きな食べ物は、「毎日食べている」明太子と「明太子を食べるとき、のどが渇くから」とオレンジジュース。
「『福岡に明太子、九州プロレスにめんたい☆キッド』と言われるように頑張りたい」。旗揚げ戦では九州の反応に「感動した。興奮してその日、眠れなかった」と明かした。筑前さん、レポーターの芳川さんの情報によると、明太子色のマスクの下には「イケメン」が隠されていて、脱いでもカッコいいとか。得意技は「ファイヤーバード・スプラッシュ」。
ロマンチックな薩摩っ子
◆白波佑助
鹿児島県伊佐郡菱刈町出身
身長=172cm
体重=80kg
21歳。小学校高学年の頃、「カッコいい」とテレビで見たプロレスに夢中に。高校卒業後、プロレスラーへの道を選択し、上京。今年4月に行われた九州プロレスオーディションで、自身のプロレスへの熱い思いを四季に例えて熱弁するというロマン溢れる一面を見せ、見事合格を果たした。「夏は甲子園のような…とか言った覚えが。オーディション当日は夢中で本当に覚えてない」という。7月6日の旗揚げ戦で華々しくデビューを飾った。
「若い人は身近なコト、モノよりも外に目が向きすぎている。阿蘇山、桜島、僕の白波もですが、故郷を知ってほしいと名付けた名前。地元の良さを感じてほしい。それでまた、人とのつながりが生まれれば地域の活性化にもつながる」と落ち着いた口調で話していたのが印象的。「(入門当初、プロレスは)けがも多いため、母親に反対されていたが7月の旗揚げ戦を見に来てくれて、『初めて楽しかった』と言ってくれた」と振り返る。
イベント終了後のリングや会場で率先して掃除を行う姿は、プロレスに向けた一生懸命さがひしひしと伝わってくるようだった。趣味はカメラ。「家のベランダから見える空や景色、夕日を撮るのが日課です」とも。得意技は「ドロップキック」「逆エビ固め」。
忍者スタイルで子どもに人気
◆磁雷矢
福岡県福岡市出身
身長=170cm
体重=75kg
20年ものキャリアを持ち、九州プロレスでは指導も行なう。高校卒業後、メキシコへ渡る資金作りのため自衛隊に入隊。2年後の1987年にメキシコへ発つ。各地のジムでトレーニングを積み、1991年にプロライセンスを取得する。筑前さんを含む、プロレスラーを志し、メキシコに渡ってくる若手の兄貴的存在となる。その後、メキシコ最大手の「AAA」と契約を結ぶ。2000年に帰国し、各団体で活躍。筑前さんの帰郷とともに活動を再開した。
東映「世界忍者戦ジライヤ」の公認キャラクターで子どもに人気という。得意技は「磁雷矢クラッチ」「ハリケーン・ボルト」。
進路変更で欠場も
◆台風
マーシャル諸島沖など出身
中心気圧=960hPa
最大瞬間風速=30m
5月のプレ旗揚げ戦では台風1号・2号が上陸。7月の旗揚げ戦では3号と4号の上陸が予測されていたが、4号の進路がそれて欠場、代わりに5号が参戦した。7月26日に行われたトリアス久山でのイベントでは、筑前と対決予定だった6号が、玄界灘付近で熱帯低気圧へ変わり、日本海方面へ抜けたため、残念ながら欠場に。
急な進路変更で予測できず、対戦相手を惑わせる。プレ旗揚げ戦では「イスを使った反則技を仕掛けられた」と桜島。卑怯な手を使い勝利を手にすることも。「何を聞いても『ビュービュー』としか言わない」(阿蘇山ほかメンバー)。得意技は「竜巻スピン」「突風ラリアット」。
悪役レスラーから厳格なレフェリーへ
◆レフェリー・ケニー中村
山口県山口市出身
2年間、当時のニックネーム「ケニー」をリングネームとし、今のなごやかな風貌からは想像できない、眉毛をそったモヒカン姿で悪役レスラーとしてリングを暴れまわっていたというケニーさん。試合中のけがで引退して7年。現在は特産品などを販売する地域づくりコンサルティングの仕事を手がけている。
「引退後、プロレスは一切しないと決意していた」というケニーさんだが、「田中さんが、以前所属していた団体の先輩だったことや『プロレスで地域を盛り上げる』という筑前さんの熱い意思に共感。仕事柄、意見が合致し、レフェリーとして参加することになった」という。
悪役レスラーから一転、反則技には忠実な厳格なレフェリーへ。「プロレスで伝わるのは『熱気』と『感動』。地域住民のやる気につながれば」と試合中の厳しさとは一味違った、厳しい目を光らせる。
ドラマとプロレス大好き
◆リングアナウンサー・古賀野祐樹
長崎県長崎市出身
高校卒業後、プロレス団体の興行運営や会場設営などを手がける。現在は業務の傍ら、興行で顔見知りになった筑前さんとの縁で「初めての体験」という九州プロレスのリングアナウンサーを務めることとなったという。「噛まないように、間違えないように必死です」。
「(業界で)九州プロレスは注目されている存在。筑前さんの言うとおり、九州各地で盛り上がっていければ」と筑前さんと二人三脚で九州プロレスの営業も担っている。
「純二さんはリーダー的存在。阿蘇山は場の雰囲気を柔らかくするムードメーカー。皆、気の良いおっさん達」。「福岡以外でも試合数を増やしていきたい」と意気込む。熱い目標を語る裏で、「恋愛もの、コメディーもの…ドラマの録画はかかせない」と大のドラマ好きな一面も。
真剣な場に癒しを届ける
◆レポーター兼MC・芳川美里
宮崎県出身
声優・タレントを目指す19歳。今年4月に行われた同団体のオーディションのMC部門で見事、合格を果たす。九州プロレスのテレビ番組のレポーターやイベント当日の会場準備など、明るい笑顔でこなし、真剣な戦いの場に癒しを与えている。
「普段、皆さんは優しくてほのぼの。戦うときにがらっと変わるギャップが素敵。将来は、九州プロレスというブランドを全国に広げていってほしいですね」と期待を寄せる。
■客席参加型の試合展開
5月のプレ旗揚げ戦、
7月の旗揚げ戦、各地でのイベント…と、ご当地レスラー達は九州各地で引っ張りだこ。九州での興行の手ごたえを聞いてみると、皆そろって「反応が良い」との答えが返ってくる。
7月26日、トリアス久山で行われたイベントでは、計4試合を実施した。テントが張られたドーム状の会場で、早朝からメンバーは暑さと戦いながら準備を行っている。会場の隅には九州プロレスのオリジナルグッズ販売コーナーも設け、パンフレット、Tシャツ、DVD、ブロマイドのほか、筑前りょう太さんの「にわか面」までそろえている。
開演の時間が迫るにつれ、親子連れを中心に観客が続々と集まってくる。今までは、なかなか見る機会が少なかったプロレスを子どもたちはウキウキしながら待っている。
いよいよ開演。リングアナウンサー・古賀野さんのメンバー紹介で得意のポーズを決めながら一人一人リングへ上がる。
第1試合目は「阿蘇山VSつぼ原人」だ。試合前の阿蘇山の「今日は相手がつぼ原人だから、お笑い試合になる」との言葉通り、試合前のリング上で、上着を丁寧に畳み出したつぼ原人に会場が笑いの渦に包まれる。観客を交えながらの試合展開でさらに会場が沸く。
つぼ原人の自由な試合進行にあきれた阿蘇山は「やってられん」とリングアウト。20カウントの間にリングに戻らなければ負けとなる。刻々とレフェリーがカウントしていき、会場は騒然。すると、阿蘇山を模ったマスクから煙を出しながら、自転車にまたがった、怒りで噴火している阿蘇山がリングへ再登場。その大きな体格とユニークさで会場を巻き込み、技「ジャンピングボディプレス」で勝利をつかんだ。
選手は小さな子どもを相手しながら、退場。最後まで楽しませる。
第2試合目「筑前りょう太&めんたい☆キッドVS田中純二&白波佑助」。会場から歓声が上がる。「良い意味で大人しくなく、盛り上げてくれる」(田中さん)という九州の観客のカラーがここでも感じられる。選手はそれぞれの得意技で観客を魅了していく。筑前さんは拍手で観客を巻き込み、得意技「とぶばい」を決めた。
試合終了後は、会場の子どもたちをリングに集めた「ちびっ子プロレス教室」を開催。筑前さんの指揮で子どもたちは大きなプロレスラーを前に白い歯をこぼしながら、はしゃいでいた。
客席参加型の試合展開が大きな魅力だ。イベント終了後、筑前さんは「まだまだ。頑張っていかなければ」と話していた。
■九州の観光資源へ
「九州ば元気にするバイ!」――始めの一歩は、筑前さんのこの思いから。筑前さんの人柄と熱い思いに打たれたメン
バーが続々と集結し、今年
2月、「九州プロレス」が産声を上げた。
筑前さんはトレーニングの傍ら、「九州でもプロレスで食べていけるような環境作りと、経済効果も考えてプロレスが長くできるようにしたい」と、右へ左へ営業マンとして走り回る日々。設立の会見時や取材時、もちろん試合中にも感じる、自分が選んだ道への自信の表れが筑前さんの突き動かす原動力になっているようだ。
「呼んでくれればどこへでも行きます」。エンターテインメントの醍醐味を異業種でも学んでプロレスへ生かそうと努力を惜しまない。九州でのプロレス文化浸透のため、子ども向けのプロレス体験教室や60歳以上を対象とした「敬老の日」イベント「R60」など幅広い世代に向けたイベントを企画していきたいという。
すべては「九州に元気を送り続けたい」――この思いのために。
「目指すは九州の観光資源」――設立会見時のこの言葉が現実になる日も近いだろう。笑顔の中にも真剣な目が光る「にわか面」、喜びを噴火させる「阿蘇山」、福岡名物の必殺技に期待がかかる「明太子」…個性豊かなご当地レスラーは、誰かを元気付けようと今日もどこかでマスクをかぶり、リングに上がる。
文・写真/編集部 秋吉真由美