特集

23年の歴史に幕
天神の中心で愛されたソラリアシネマが閉館

  •  

1956年、「センターシネマ」誕生

ソラリアシネマは、西日本鉄道が運営する福岡スポーツセンター(現・ソラリアプラザ)の1階に1956(昭和31)年、洋画専門の再映館「センターシネマ」として産声を上げた。こけら落としは、スチュワート・グレンジャー、グレイス・ケリーが出演した「緑の火」。娯楽といえば映画が主流だった当時、大人50円、学生30円という低料金で順調なスタートを切った。


週に1本のペースで作品が入れ替わる再映のほか、封切作品も上映。1964(昭和39)年に上映された「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」は1日の来場者数が3005人を記録するなど、360席に対して常に立ち見の状態が続いていたという。


1987(昭和62年)に福岡駅の再開発に伴い一時閉館。1989(昭和64)年、重低音で振動するシステムを設けたロードショー館、センターシネマ時代を継承した再映館、単館系作品を上映するスクリーンと3館を有した「ソラリアシネマ」として、商業施設「ソラリアプラザ」7階に新装した。駅に隣接した立地で交通の便もよく、オープニング作品の「レインマン」は175日間のロングランを達成した。


1991年から始まったアジアフォーカス福岡国際映画祭の上映会場になるなど、地域密着型の映画館として運営してきたが、大手シネコンの進出などが影響し、1998年以降は業績が低迷。「最近はレンタルに押され、若い世代を中心に映画館で映画を見なくなった」と福岡スポーツセンターの岩佐康人さん。昨年12月より、クリスマス、バレンタインデー、ひなまつりなどシーズンテーマに応じて選んだ作品を上映するイベントなども実施してきたが、なかなか動員数に結びつかなかった。


今年8月、西日本鉄道は映画館を運営してきた100%子会社「福岡スポーツセンター」を来年1月1日に吸収合併することを発表。ソラリアシネマの譲渡先は未定だ。スタッフが選んだ作品を上映するイベント「プレミアムシネマ」を最後に幕を下ろす。


■閉館が相次ぐ福岡

福岡の映画館の閉館が続いている。1983(昭和58)年に「テアトル天神」として開業し、福岡のミニシアターファンが足しげく通った親富孝通りの「シネテリエ天神」。近年は、ミニシアターブームが少しずつ影をひそめていたが、2003年に放映された韓国ドラマ「冬のソナタ」をきっかけに始まった「韓流」ブームに合わせて開催された「韓流シネマフェスティバル」の上映会場となり、列が路上にまで伸びる日もみられた。だが、韓流ブームも落ち着くと客足は伸び悩み2009年10月に休館となる。同年、成人向け映画館「天神シネマ」として再起を図るが、昨年10月に閉館した。


「博多バスターミナル(旧福岡交通センター)」7階にあった映画館「シネ・リーブル博多駅」も1999年5月の開業後、アート系作品を中心に上映し、年間で約6万人を動員していたが、JR博多シティにある「T・ジョイ博多」の開業などを踏まえた結果、今年5月に閉館した。


一方で、次々と映画館が閉館することを懸念して企画された上映イベントも開かれている。中洲の大洋メディアホールでは10月、映画上映プロジェクト「中洲deシネマ」が開催された。


福岡で上映機会を失った作品に光を当てるため、地元で活躍する役者や映画作りに携わる15人の有志が企画した。ゲストに監督や俳優を日替わりで呼び、通常興業では味わえない楽しさを盛り込んだ。主催者は「映画監督を目指す人が生まれるきっかけに」と期待を寄せる。


――23年の歴史に幕を下ろすソラリアシネマ。行きそびれた作品の再映が発表されたときは楽しみが先延ばしされたようでうれしかった。次こそは忘れないよう、決まって手帳に上映期間を書き込んでいた。にぎやかなショップ店員の声が遠くなっていくにつれて映画への期待が高まるエスカレーターもちょっとした楽しみだった。


取材・文/編集部 秋吉真由美