■青春時代の憧れのギターを手に
「自分も中学時代からギターを握り、大学までバンド活動をしていました」と懐かしむのはNHK福岡放送局の番組制作担当の中村雅郎さん。「熱血!オヤジバトル」の生みの親だ。
1997年、九州・沖縄限定イベントとして誕生した。応募総数の見当がつかず、「条件を厳しくすると集まらないのでは」との不安もあり、初回はメンバーの中に1人でも40歳以上の参加者がいればOKという応募条件を提示して開催した。応募総数147組、福岡県の親子バンド「R&B」がグランプリに輝き成功を収めたが、「出場者から平均40歳以上にしないと。若い子の中に1人だけオジサンがいてもねぇ。イベントの趣旨と違うのでは?」と指摘を受け、翌年から平均40歳以上でアマチュアであることに応募条件を改正した。審査は第一次テープ審査を勝ち抜いた8~10バンドが本選へ出場できる仕組みだ。
音楽漬けの青春の日々を過ごした「オヤジ」がもう一度、夢を見る機会が生まれた――。大学卒業後、就職を機にバンド活動を終えるが、やはり楽器は好きで楽器店に通っていたという中村さん。今から約13年前、店員との雑談の中で高級ギターが飛ぶように売れていることを知る。「購入するのは40代前後のサラリーマンで、例えばギブソンやフェンダーなど学生時代に憧れていた米楽器メーカーの商品を金銭的にゆとりができた今、どんどん買っているらしい」。また、学生バンドではなく、同じくオヤジ世代のバンドの利用により練習スタジオの予約が埋まり、ライブハウスでは楽曲を披露していることを耳にする。「こりゃなんかやれるかも」と思い立ち、企画したという。
■オヤジの数だけドラマが
昨年までの応募総数は2095組。バンドの数だけ、個性がある。「入りたいと思うような、魅力的なバンドばっかりですよ」と中村さん。番組では、本選に出場するバンドメンバーの日常生活も密着し、紹介する。「印象に残ったバンドは?」との問いには、2回目のグランプリ受賞バンド「SSカンパニー」(沖縄県)を挙げる。
「趣味としての音楽の在り方がとてもナチュラル。沖縄らしいなーと感じて。スタジオで練習したり、ライブをしたりという活動が普通に会社へ行く、友人とご飯を食べるという『生活』の中の一つに溶け込んでいて、特別なことでは無くなっているんです。取材の中で、その音楽のあり方が自然ですごくうらやましいなーと感じた記憶があります」と話す。
楽器が売れていることがヒントになって生まれた企画だが、「企画した当初は『失われた
10年』と言われる中間管理職が元気をなくしていた時期でもある」と中村さん。「光り輝くものを持っているのに、家に帰ると娘にも弱く…。『先輩、頑張ってくださいよ!』と個人的なエールも意味も込めて作ったんです。その中でSSカンパニーは新鮮でしたね」。
2001年には福島県から平均70歳以上の最年長バンド「アンサンブル四季」が登場。懐メロを披露し「あまりのクラシックぶりにあ然となった覚えが」。審査員特別を受賞した。
そのほか、民謡にロックアレンジを加え郷土愛を全面に押し出
したバンドや、革ジャンを羽織った矢沢永吉さんのコピーバンドなど個性が際立つバンドばかりだ。
オヤジたちの情熱はドラマをも生む。大会直前に起こった事件の取材でやむを得ず出場をキャンセルした福岡の新聞社勤務の出場者。本選までのロケや番組構成も済んでいた状態で「本選出場を目標にバンドを組もうと呼びかけた張本人が仕事で来られなくなった事態にメンバーも局も大混乱だった」と中村さん。2006年の大会だった。「番組の構成にも影響し、開催史上初の大事件でした。この年は他に、メンバーの家族が亡くなり、すでに出場を断念したバンドもいたので。忘れられない年でしたね」。
本人は出られなかったショックで約
2年間、楽器に触れず、バンドも解散。さらには楽器を売って手放してしまっていたという。しかし2年後、転勤先の東京で新たなバンドを組んでエントリーしてきた。「(テープ審査で)音を聞いていて、ビビッときた。あー!!あの時の!!って」。
■選考基準はエンジョイ度
司会は初回から変わらず、松尾貴史さん、清水ミチコさんの
2人が務め、荻原健太さん、近田春夫さん、南こうせつさん、鮎川誠さんら、ゲスト審査員も毎回多彩。「グランプリを選ぶ基準なんてないです。強
いて言えばどれだけエンジョイしているか。技術や表現力は、もう皆さんベテランなのでそれぞれ味がある。演奏自体の評価より、どんな風に音楽と向き合っているか、どれだけ楽しんでやっているかだけ」。
初回グランプリに輝いた親子バンド「R&B」。父親と娘、父親の仲間で結成したバンドだ。「この親子の仲の良さはなんなんだ?という第一印象ですね。10代の年ごろの娘と父親は比較的難しい関係だと思いますが、音楽で会話が成立していて、すごくいい顔をしていたというのが受賞理由です」。
2年目から、グランプリのほかに審査員特別賞を始め、近年ではベストオヤジ賞なども設けている。「選考時は本当に魅力的なバンドが多すぎて、悩まされる」と中村さん。「全バンドにあげてもいいくらいで、審査するのはおこがましいくらいです」とも。
■紅白出場バンドの誕生なるか
今年は新たに、テープ審査で第一次選考を突破したバンドによる北海道、東北、関東
・甲信越、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄の
7カ所でブロック予選を行う。ブロック代表に選ばれた7組は、来年2月7日に福岡サンパレスホール(福岡市博多区)で行われる決選に出場する。
また、今年は各ブロック予選で惜しくも準グランプリになったバンドによる「ワイルドカード枠」を巡る敗者復活戦も。選考方法は現在検討中というが、公式サイトに動画とともに掲載し、視聴者による人気投票を行う予定という。今年は7組と最後の切符を手にした敗者復活組の計8組でオヤジバンドの頂点を狙う。
「たくさんの人に認知されて、ゲストに出たいと言われるような番組になってほしい。番組制作に関わっていなかったら確実に応募してますよ」と笑う。「日ごろ音楽を愛するお父さんたちの腕試しの場になってほしいですね」。
「やっと今年で40歳になったよー。やっと出られる歳になったよー」――今年、参加条件をクリアする40歳を迎えるオヤジは番組がスタートした1997年、まだ28歳だ。中村さんの耳には40歳を迎えた喜びの声も入ってくるという。「40歳になってやっと、満を持してエントリーしてくれる人も。本当に制作者冥利に尽きる。バンド活動に夢中の30代の視聴者が、俺たちも将来出たいと思ってくれるような憧れの番組にしていきたい」。
関係者の間で次なる目標、願いとして話題になっているのは「オヤジバトル」出身の40歳を超えてからのメジャーデビューバンドの誕生だ。
過去には、再放送するたびに視聴者から「このバンドのCDはどこかで手に入らないのか?」との問い合わせが殺到し、あまりの大きな反応にCDを自主制作してインディーズデビューしたバンドもいる。「グランプリ受賞者は自動的に紅白歌合戦の出場獲得権が与えられたりしても面白い!もし、実現したら応募が100倍に跳ね上がるかも…(笑)」。
「気軽に応募してほしい。完成度とかは問いません。エントリーし続け、落ち続けていても、ある時ポッと内定の電話が行くことも。番組の特性上、全体のバランスも考慮しているので運とタイミングが左右する点も」と中村さん。「技術的な部分で応募をためらっているとしたら、気にしないでほしい。のど自慢と同じ感覚で、自宅で歌って、カセットに録音したものを気軽に送ってみてください」と話す。
今年、40歳という中村さん。「オヤジバトル=青春です」。
高校生の時、あるフォークデュオに憧れてアコースティックギターを買った私。CDで聴く音と同じ音を出すギターに感動したことを思い出す。ジャカジャカとかき鳴らしては、皮膚が固くなってきた指先とコード表を目で何度も往復していた。ある日は、楽器店のショーケースに並ぶブルースハープをのぞきに行ったりも…。中村さんの話を聞きながら、学生時代に買えなかった憧れのギターを手にして、少年のように夢中になってコンテストまで出場してしまうオヤジたちのパワー。おこがましいかな、今ではすっかりベッドの下に身をひそめているちょっとだけ、ほこりっぽいギターの持ち主である飽きっぽい私も、オヤジたちの音楽熱には共感できる。次の決戦ライブでは一体どんなドラマが生まれるのだろう。
取材・文/編集部 秋吉真由美