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母校への思い胸に
大名小学校、140年の歴史に幕

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■母校への思いを胸に

心も強く、身も強い、われらは大名小学生――215日、市内のホテルで開かれた閉校式典では大名小の校歌を歌う在校生と卒業生の歌声が会場いっぱいに広がった。

中央区大名2丁目にある大名小学校は、1873年(明治6)年に大名役所跡に「大明小学校」として開校。卒業生には福岡県出身者で初の内閣総理大臣となった広田弘毅らが名を連ねる。1945(昭和20)年に空襲で木造校舎が全焼するものの、1947(昭和22)年には大名小学校と改称し、これまで数多くの子どもたちの笑顔を送り出してきた。

閉校式典には卒業生をはじめ、当時の教職員ら約500人が参加。お互いに懐かしい顔を見せあい、各テーブルで思い出話に花が咲く。

親子3代で卒業生という波多野榮子さんは、「校歌が完成した時、作曲した大好きな原健先生と伴奏を担当したことが忘れられない」と振り返る。「校庭の隅っこでいろいろなお話を聞かせてもらったことも。心豊かに過ごしていました」と笑顔を見せる。

あるテーブルには1952(昭和27)年に卒業した「悪ガキ仲間」がそろった。「本当に仲良く遊んで楽しかった思い出しかないね」と杉山昭平さん。そばに座る貫隆夫さんは「学校が終わると5円のあめ玉をくわえてメンコして遊んだ」と懐かしむ。「チョーク投げもね」と吉川文男さん。吉川さんは「母親が縫ってくれたランドセルで6年間通った」のだとか。

「父は唯一、男先生と呼ばれ、よく宿直していました」と話してくれたのは自身も1950(昭和25)年に卒業し、式典のために自宅のある神奈川県の江の島から駆け付けたという立石倫子さん。「合唱コンクールに出たことが楽しかった。閉校と聞いて父の教え子も寂しがっています」。

2000(平成12)年から3年間、教頭を務めた本郷由美子さんは「母校がなくなるのは人生の中で非常に大きいこと。だけど思い出は消えない。卒業生や新しい学校に通う子どもたちは前に向かって切磋琢磨(せっさたくま)して頑張ってほしい」とエールを送る。

■それぞれの思い、未来へ

閉校に寂しいと声をそろえる卒業生たち。一方、最後の卒業生となる子どもたちの目は未来へしっかり向き、きらきら輝いている。

317日、8人の6年生が卒業した。最後の卒業生となった6年生の吉野郁海(いくみ)君は「人数が少なく、1年から6年まで全員で遊ぶことも多かった。楽しかった思い出の場所がなくなるのは寂しいが、卒業しても思い出を大切にがんばりたい」。黒木颯介君は「勉強や運動、どこよりも長い時間を過ごした場所。廊下で転んだのも思い出。同学年以外の友達との過ごし方を学んだことは今後生かせるはず」。村上陽可ちゃんは「困っている人がいたら皆ですぐに助けあってきた。これからもその思いやりを忘れずに過ごしたい」と目を輝かせる。

今後は大名小、簀子(すのこ)小、舞鶴小、舞鶴中が統廃合し、4月には舞鶴小の敷地内に小中連携校が開校する。

1年生から6年生まで非常に仲が良いのが大名小の特徴。6年生は低学年をまとめてきたリーダシップを生かして、信じた道を進んでほしい」と最後の1年間を任された深井隆弘校長。「1年生から5年生は新しい場所でも、相手の立場を考えて行動できる人になってもらいたい」と期待を寄せる。――「そして大人になって、大名小の卒業生だということに誇りを持ち、先生たちや友達の思い出話に花を咲かせてもらえれば」。

取材・文/編集部 秋吉真由美

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